スポンサード リンク

スポンサード リンク

石川秀美の紹介

石川秀美(いしかわひでみ、本名:薬丸秀美 ) は、1966年7月13日に千葉県木更津市で誕生、明治大学付属中野高校定時制を卒業しました。中学時代はバスケットボール部に所属し、県大会で活躍しました。中学3年生だった1981年の夏、芸映プロが主催した「ヒデキの弟・妹募集オーディション」で、選ばれました。1982年に、『妖精時代』でデビューし、続いて、「ゆ・れ・て湘南」「哀しみのブリザード」などで、各音楽祭の新人賞新人賞を獲得しました。それ以降、石川秀美は、同期デビューの中森明菜、小泉今日子、シブがき隊、堀ちえみ、早見優、松本伊代らと共に「花の82年組」と呼ばれ、中でも「夏が似合うアイドル」として、歌番組の常連として活躍しました。石川秀美の脚線美が際立っていて、秀美はミニスカートやブルマ、水着が似合うアイドルとして1980年代の人気をさらいました。スポーツ万能で、アイドルを集めた運動会でも活躍しました。23歳の時にシブがき隊の薬丸裕英との親密な交際が、アイドル同士の恋愛として報道されました。翌1990年6月4日に結婚と妊娠6ヶ月であることを発表しました。石川秀美は、結局、本格的に復帰することなく、事実上引退しました。2008年現在は、3男1女の母親として、家庭を守っています。

スポンサード リンク

石川秀美のヒット曲

石川秀美のシングルは、1982年から1989年迄に30タイトルが発売され、そのうち13枚がオリコンチャートで連続でベスト10入りしましたた。秀美の曲は、秀樹の妹らしく、アップテンポで元気はつらつ、それでいてセクシーと評判でした。代表曲は、デビュー2年目に発売した「HEY!ミスターポリスマン」で、この曲のから連続13作品がオリコン・チャートでベストテンにランクインしました。 『もっと接近しましょ』は、週間売上4位でした。アルバムは1982年から1989年迄の間にオリジナル盤が13枚、ライブ盤が3枚が発売されました。TBSのザ・ベストテンには1983年から1985年までの3年間に、計16週にわたり8曲がチャートインし、『ミステリーウーマン』と『愛の呪文』が7位になりました。 1985年のNHK紅白歌合戦で『愛の呪文』を歌いました。
石川秀美の得意なディスコ調の曲『Every Night』、初主演ドラマ「新・飛んだカップル」の主題歌『スターダストトレイン』、親衛隊の歌の出だしのコール「バイバイサマー バンザ〜イ!」というのが印象的な『バイバイサマー』、曲調が覚えやすい『涙のペーパームーン』 など、いまなお、ファンをひきつけている曲が多数あります。『 もっと接近しましょ』は、色っぽい歌詞ですが、シーラ・Eの『グラマラス・ライフ』に酷似しているといわれました。

引退後の石川秀美とお宝画像

石川秀美は、現在「23か24歳で結婚したい」と言っていた夢を実現して、4児の母として幸せな家庭を築いています。「子育て応援とうきょう会議フォーラム」でトークショーを行った夫の薬丸裕英によれば、数日前から体調を崩している石川秀美に代って、薬丸が家事全般をこなしているそうです。主婦がどれだけ大変かよく分かったと、妻、秀美に感謝していました。石川秀美の芸能界復帰については、「子供が帰宅したときに『お帰り』と言う人がいてほしいと、結婚時に約束した。子供が成長したら復帰もあり得るが、本人が『自分の中でその選択肢はない』と言っていた。」と話しました。 長男薬丸翔が、映画『炬燵猫』の主演で芸能界デビューすることとなっていますが、子供達が次々、芸能界デビューした後に、復帰するのではないでしょうか?
引退後の石川秀美のCM出演は、1991年の夫・薬丸と共演のAGFのCM、1995年の洗濯洗剤のCM、2004年の夫と共演のアリコジャパンのCMで画面に登場しました。引退後発売されたベストアルバムは、「石川秀美 Box - Complete Single Collection」(2004年5月26日)と「石川秀美 GOLDEN☆BEST」(2004年12月22日)です。動画は「アイドル黄金伝説 石川秀美」が2002年に「AVIATION」(1990年)のDVD化で発売されました。
★石川秀美のDVD、CD、写真集★

Copyright © 2008 秀美は健康的な脚線美が人気でした